91歳のサンマーメン
土曜日。色々あって朝から田舎のロードサイドのカフェに車で置き去りにされ、1人もくもく作業。思ったよりはかどったから、昼ごはんは別のところに食べに行くことにした。ラーメンがいいなとgooglemapで調べていると、徒歩10分くらいのところにラーメン屋を見つけた。
カフェを出て徒歩で北上。かまぼこ屋さんの工場の脇を通って行く。この辺りは高い建物が無く、見晴らしがよい。遠くには丹沢の山々。庭が広い家が多いが、廃墟になってしまって、ツタや雑草にのみ込まれている家も多い。
ラーメン屋は、廃業したスーパー(今は印刷会社)の向かいにあった。他に店らしい店もなく、ぽつんと佇んでいる。
扉が開けっ放しなので、中に入ってみると中年男性が1名カウンターに座っている。私を見ると「今店主は配達行っちゃってるよ。もうすぐ帰ってくるから、待ってたら。」というので、テーブルに座って待たせてもらう。「飲み物は勝手に取っちゃっていいから」と、テーブルの脇にある冷蔵庫を開けて、お茶を出してくれた。常連さんらしい。
店の外見はとても古かったが、店の中はなかなかどうして、それ以上に古めかしい。テーブルが2つ、カウンターで6,7席の狭い店内。某おもしろくて旨い店を探す番組のシールが、壁のメニュー表からテーブル上のメニュー表にまでペタペタ貼ってある。
常連さんによると、店主のおばあさんは91歳。今でも自分で車を運転して、配達に行っているという。去年テレビ番組が来て、それから数週間は行列ができたということだが、それ以降はからっきしとのこと。
しばらくして、ピンク色の軽自動車にのって店主のおばあさんが戻ってきた。サンマーメンを注文。手際よく、油や調味料を入れていく。油などは市販の容器ではなく、蓋のないオープンな容器に入っていて、異国情緒を感じた。言い方を変えると少し不安。
店主の方が常連さんに「あんたもなんか食べる?」と聞くと「俺はいいよ」と言って、外に出ていった。なんにも食べないのに店に来て留守番をするという、常連の最終形態を見た。
サンマーメンはおいしかった。食べながら、おばあさんと色々話をした。昔は、寿司職人の旦那さんと横浜で働いていたこと。横浜の店をやりながら、この地で新しくお店を始めたこと。来たばかりのころは目の前の道が整備されていなくて、雨が降ると泥水が店の中に入ってきたこと。それでもその頃はこの辺りにも大きな工場や会社がたくさんあったから、注文がたくさんあったこと。旦那さんが亡くなったこと。次男と一緒にこのお店を続けたが、次男は辞めて別の仕事をしていること。長男も横浜の店で働いていたが、今は別の仕事をしていること。僕と同い年の孫がいること。店に隣接する駐車場の場所に昔は部屋があったこと。
話が終わると、「この後どうやって帰る?」と聞かれた。僕はまたカフェに戻って少し仕事をして、車の迎えを待とうと思っていたが、説明が面倒だったので「駅まで歩く」と言った。駅までは歩けば30分以上かかる。それを聞いたおばあさんが「送ってやるよ」と。駅まで行きたいわけではなかったけど、せっかくだから送ってもらうことにした。気持ちがありがたい。
配達に使っている軽自動車の助手席に乗り込もうとすると、半玉のキャベツが無包装で投げ出されていたので、それをそっと後部座席に投げ込んで乗り込んだ。おばあさんの運転は91歳とは思えないほど普通だった。ただ、そもそも91歳の運転に乗る機会がないので、これがスタンダードなのかもしれない。ザ・車が無いと生活できないエリアなので、事故などを起こす前にうまく着地できると良いな。そんな失礼なことを考えながら、駅に着き、お礼を伝えて別れた。
91歳。1人でラーメン屋の店主。どう考えてもお店はあと数年。お話は度々ループした。家から遠いし、もう行くことはきっと無いが、忘れない。