日本語のケアのコア
言葉ってのは変わっていくから,昔使ってた言葉の大事さが分かる。
大人になって,子供の時に使っていた言葉が懐かしく,新鮮なのは,
年を取ったから。
他に理由は無い。
何時の時代も,言葉は変わり続けてきたんだから。
その歴史を残しておく必要は凄くあるけど。
だから,僕は別にカタカナ語が嫌いな訳じゃないんです。
和製英語や外来語が憎いわけじゃないんです。
チクシ23の「異論反論オブジェクション」が「異論反論疑問」とかだったら,
ちょっと嫌な感じはします。(見てないけど)
だからといって。
兎に角,生理的に受け付けない言葉もあるんです。
具体的な例で言うと
・スウィーツ(甘い物) (sassygirl氏すまん。)
・アイテム(なんか靴とか帽子とかを呼ぶ?)
・アウター,トップス,ボトム(上着?上半身に着る服?下に着る服)
とか。
(訳が違ったら教えてください。可哀想に,間違って覚えてしまってます。)
日本語で簡単に言い換えられるから,耳慣れないってのもあるけど,
この嫌悪感はなんなんだろ?
僕の「オシャレっぽい物」に対する歪んだ嫉妬心でしょうか?
国立国語研究所という所がある。その中に外来語の言い換え提案がある。
「サプライサイド」→「供給側」や
「ダンピング」→「不当廉売」は,良いと思う。
日本語の方が語感も耳障りも好きだ。
けど,
「アイドリングストップ」を「停車時エンジン停止」って。
長いし言い辛いよ。
「停車時」と「エンジン停止」の間に「は」とか入れたら,
文になっちまうじゃん。
「インフォームドコンセント」が「納得診療」ってのもなあ。
ちょっと安っぽい感じ。
チラシに書いてありそう。
それにしても,こんな事考える仕事は楽しそう。
この研究所の人達も,新しい和製英語が出てくると,
「実に嘆かわしい」とか言いながら,
実は嬉しいんじゃないのかな。