小田原に移住したよ。

小田原移住日記

唐突な転職で小田原に引っ越した男の顛末

追悼

一人でイラク行った,幸田さん。

二転三転したが,結局殺されてしまっていた。

凄く悲しいことだが,心の準備は出来てしまっていた。

遺体に銃で撃たれた痕跡は無く,死因は「頭部切断」だそうだ。

鬼か。

鬼だ。

まあその辺は,今更いうまでも無いのでやめておく。

気になったのは,やっぱり家族の事。

今年の中頃にあった,日本人三人誘拐事件は,

日本人のマスコミやら政府の煽動に対する脆さを露呈させた。

それ自体も,結構問題だと思うけど,

今回はそれによる「言論の自由」について考えた。

あの三人が捕まった事件で,まず,

人質となった人達の家族についての誹謗中傷が凄かった事が印象的だった。

「自作自演説」「自己責任論」がインフルエンザのように蔓延した。

それは,人質が解放されてからも続いたが,

人質が捕まっているときに,むしろ盛り上がっていた。

理由はどうあれ,イラクで銃を突きつけられてる人に向けられる言葉にしては,

明らかに配慮が欠けていた。

そして,家族。

家族がイラクで捕まってる。理由はどうあれ。

銃なんか突きつけられてた。どうしよう。助けたい。

ってのは普通の発想じゃないのか?

僕は少なくとも,そういう考え,無条件に大事な物を守りたいという考えは,

決して間違ってはいないと思う。

ただ,それは今は関係ない。

二つの説の善し悪しについての個人的見解は,今は関係ない。

問題は,あの家族に対する全国的なイジメの様なバッシングが,

僕たちに「権利の主張は怖いことだ」というイメージを植え付けたことにある。

それを受けて今回の事件。

イラクで幸田さんが捕まり,家族が会見をした。

ここで,違和感を感じたのは,「家族が自衛隊の撤退を要求しなかったこと」だ。

勿論それについては質問があったが,返事の要旨はノーコメントだった。

何故だろう。

例えば,身代金を要求する誘拐事件が起きて,

それに対して,その家族がお金を集めるのは当然の事。

それは交渉のテクニックでもある。

そういう意味では小泉さんの自衛隊撤退の決断が正しいかどうかは別にしても,

「撤退は無い」と初っ端で断言するというのは,

交渉方法としてカシコイとは言えない。

身代金要求されて,最初から「払う可能性はありません!」と言ったらダメでしょ?

まあ,そんなん今回は関係ないか。

何故家族は必死になって自衛隊の撤退を求めなかったのか。

それはイラク情勢を踏まえて,自衛隊の派遣を是としたからじゃない。

家族が首ちょん切られる可能性が強いのに,そんな事言ってられるか。

理由は一つ。

その前の3人人質の家族が,それを主張してどんな目に遭ったか学習したからだ。

あれ見たら,怖いよ,やっぱり。

マスコミに尻を追っかけられ,どこかしこでバッシングを受ける。

「なんであんなとこ行ったんだ。馬鹿。」というような,

家族が一番分かってる,帰ってきたならそう言ってやりたい事を延々と。

家 族 が 首 切 ら れ て 死 ぬ ん で す よ ?

出来る限りのことをやらせてやらなくてどうすんの?

言いたいこと言わせてやらないでどうすんの?

そんなに大事な人がいませんか。

そうですか。

家族は自衛隊撤退してでも帰ってきて欲しかったんじゃないかね。

普通に考えて。

昔のフランス人,ヴォルテールが言いました。

「君の言うことに,一つも賛成できるところはないが,

 君にそれを言う権利があることは,死を賭しても私は守ってやる。」

自由とは名ばかり。

家族が発表した発言。

「支えていただいた多くの方々に、大変なご心労をおかけしましたことを心からおわび申し上げますとともに、お礼と感謝の気持ちでいっぱいです。このようにはなりましたが、イラクの人たちに一日も早く平和が訪れますようお祈りいたしております。」

なるほど。